暖かい気持ちとやるせなさの中で

フジファブリックの志村正彦君が亡くなって、一月が経とうとしている。
21日、中野サンプラザでファンが彼を送るためしめやかに「志村會」が行われた。
正直、前日まではちゃんと行くつもりでいたけど、当日になってどうしようかと悩んだ。
やっぱ、まだ信じられない気分なんだ。若すぎる、早すぎるよ、って。
でもね、なんだか心がざわついてmixiやtwitter、はては2chまでふと検索してみた。そんな事普段なら絶対にしない行為だった。
そしたらね、全国から本当に暖かい声に満ち溢れていた。会場に行けない人はその場所で思いを願いつつ、行ける人へ気持ちを一緒に届けてほしいと願い、行ける人はその思いも一緒に会場に向かう。
そんな人達の書き込みをみてたら、本当に素敵なファンに恵まれてたんだな、って改めて実感した。
今日という日を生きるために今日という日が用意されてるんだとしたら、
行かなかったと思うよりも、行ってこようって。
だからファンの人達に気持ちを押されて会場に向かったんだ。平服という事で普段は着ないスーツを着て、献花の中には桜を入れて、茜色は見当たらなかったので、似たような色を一差し入れて。
午前の部ぎりぎりに向かった事もあって、列に並ぶ、というよりもスッと入れた。
メッセージカードに一言書いて会場に入ると、富士山の形をした花の中に赤いギターがあしらってあり、彼が使った楽器やアンプにも囲まれて彼の写真が飾られていた。なんだよ、カッコいい写真じゃん。
偶然すぐ後ろに某音楽誌の編集長と会った。出た時にミュージシャンにも会った。
一言の挨拶しかしなかったけど、それで充分だった。話はしなくとも音楽と繋がった一人として
気持ちは同じだと思うし、言葉は今この場所で必要なかった。
ご家族の方に一礼し、献花台で行けない人の思いものせて手を合わせたけど、なんだかね、穏やかな気持ちだったよ。
無念だったよね。音をもっと奏でたかったよね、って。それでも、音を通じてこんなにも多くのファンや来れない人に
見送られてさ、ほんと幸せもんだったよって。あっちでも歌っててくれ、って。
本当にいなくなったんだな・・・。そう改めて思ったけど、来てよかったよ。
会場からでるときに、記念のチケットとポストカードは来た人にとっては思い出になるのかもね。
外にはまだたくさんのファンが名残惜しそうに留まっていた。
このままずっといたい、そんな感じだった。
晴れていたのに、みんなの気持ちが伝わったのか、だんだん雲が下がってくるようだった。
終わってから中野ブロードウェイに行って、新品も置いてある中古屋さんを何軒か観てまわったけど、
君のファンの子がフジファブリックのコーナーでこれもってない、これヤバイ、ほしい!って騒いでいたよ。
まだ若い子達だったな。
きっと君の音楽はこれからも想われて、伝わっていく。そう願いたい。
総一郎君はじめ遺されたメンバーのこれからも私は追っかけていくと思う。それはフジファブリックと君の想いを忘れないためにも。
幸運にも私は君に会うことができて、ライヴの事とか音楽の事とか話せた事は今でも忘れません。話せてよかったよ。
でも、もっと君が奏でる音楽を聴きたかったよ。
ゆっくり休んでください。ありがとう。


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