死んだ後の事。

最近何だか「死んだ後」の事を考えてしまう。
いや、それ程重苦しい事ではない。

単純に部屋にモノが多いのである。
そして世間でいう「レアもの」が多分転がっている。

ただ、それは家宝とか財産という類の物ではない。

例えばトレーディングカード。
昔はよく集めていた。これ全然理解されない趣味の一つ。
自引きでひいたカードが一枚何万円もするものだったり、
そこまでいかなくてもまとめたらそれぐらいになるとか
は普通にあります。売ったらそれなりの金額にはなりそうです。
まぁ最近はほとんど買わないですね。細々と続けてはいますが。

ムンディクロモなんて今日本で何人集めてるんだろう(笑
(まぁこれは全然お金にもならない完全な趣味ですけどw)

CDやレコード。これもそうですね。

見る人がみればわかる。

でもどうでもいい人にとっては
ただの「紙」や「大量のCD」にしかなりません。
残念な事です。

これ、私が死んだ後どうなるんだろう。

孤独死したと仮定して(これ大事)
親兄弟・親戚がきて、あまりの多さに業者に依頼して処分するとしたら。
二束三文でどこかに売られるとか捨てられる、
というのはモノにとってもとてももったいない事で。

それはちょっと、いやだいぶ嫌じゃないですか。
今までがなんだったのか、みたいな。

そんな事がいつ起きるかわかりません。なのでこれは大体
いくらぐらいとかリスト作っといた方がいいんじゃないか、
とか思ったことすらあります(病んでますね)

でも、現実的にそこまではしない。
なので、少しずつ整理しています。

残しておくもの、必要なもの、どうでもいいもの。

きっと残しておくものって本当は凄く少ないようにも
思えます。捨てられない、処分できないものもたくさんあるんですけどね。
(というかどうでもいい雑誌は本当に早く処分しよう。
これなくなったら凄いスペースがあくはずである。)

ここ数年の傾向ですが、形あるものは「入れるよりも減らして」います。
逆に知識など興味や好奇心からくる形の残らないものに関しては
たくさん入れていってます。

30代まではとにかくなんでもかんでも「経験して」「入れ」、
逆に40代になって「選別している」気がします。

いい意味で「シンプル」になってきているのか。

本当はもっと貪欲で、何でもがつがつ生きたいんですけど。
数年前までは多分そんな感じだったとも思います。
そのモードにはいらないという事はいよいよ私も終わりなの
かもしれません(笑

元々、人生50年、って言い続けてる人です。

あと何年生きるのだろうか。

それにしても、死を考えるとかいいながら、残ったモノに
ついて考えてるとか何とも幸せというか、バカというか・・・

でも、みなさんもそういう事ってありませんか?

それはモノではなく、家族や大切なものに置き換えてみる方
が大半だと思うのですが。

今日を精一杯生きる事を重視して、死んだ事まで考えずに
朽ちていくのが一番よい気がします。そうなりたい。

あぁ、邪念が多すぎる・・・

これじゃ、まだ死ねないな。


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